ひとくちに「海外移住」と言ってもその行先によって移住先の環境やルールを把握して置くことは肝要ですが、日本国内に所有財産が多く有るようなケースにおいては、移住前の整理と言うものが実は一番重要で、且つ面倒なプロセスであるのかも知れません。
以下にご紹介するケースはその中での典型的な事例のひとつであり、「質問」&「回答」、そして「解説」というステップでご説明させて頂きます。
質問:
現在、上場会社の保有株式を持っているのですが、近い将来、香港へ移住しようと考えています。その際、日本で保有している財産も香港へ移すことを検討しており、併せて日本の上場株式もその際に売却する予定を立てています。
この場合、発生するであろうキャピタルゲインに関する課税や、死亡などの相続事由が発生した際の相続税がどのようになって行くのかを教えて頂きたい。
回答:
香港の居住者(=日本にとってはその者は非居住者)となった場合には、一定の株式を除いて日本及び香港ではキャピタルゲインに関する課税は発生しません。
また、香港在住時に相続が発生した場合は(香港に相続税制度が存在しない為)、香港において相続税は課されないことになりますが、日本では、仮に財産受取人(=相続人)が日本の居住者である場合、在香港の財産に関するものでも日本の相続税の対象となります(これは日本の税制度が全世界課税を前提として作られていると言う理由に寄ります)。
解説:
(1)株式譲渡に関する日本の課税
日本側から見て非居住者となる者が株式譲渡をした場合の日本の課税上の判定順序は以下の4つのステップを踏んで行くことになります。
1.国内法(日本の所得税法)の規定確認
2.香港と日本の租税条約で、譲渡収益条項における事業譲渡類似株式条項の確認
3.租税条約における譲渡収益条項その他条項の確認
4.租税条約におけるその他所得情報の確認
国内法においては日本非居住者が株式譲渡を行った場合、事業譲渡類似株式の譲渡等一定の譲渡を除いて日本での課税は生じないこととされています。日本で課税となる事業譲渡類似株式の譲渡等に該当した場合、日本と香港の租税条約によって所得の源泉地である日本の課税が免除されるかどうかの判断を行います。
(2) 香港での取扱い
香港では国内法において譲渡収益への課税が無い為、この部分の収益については日本の課税関係のみを検討することになりますが、2012年に発効した日本と香港の租税協定の中では事業譲渡類似株式の条項が無い為、日本に恒久的施設を持たない非居住者における日本株式の譲渡については(一部を除き)、日本での課税も免除されることになります。
従って今回の「質問」に関する回答を補足すると、当該質問者が香港居住者として認められ(換言すると、"日本非居住者")、日本に恒久的施設を有しない場合は、上場株式の譲渡に係る課税は一定の株式を除き、両国において発生しないこととなります。
また、香港では相続税制そのものが存在しない為に相続税が発生しないこととなりますが、仮にこの財産を受け取る者が日本居住者である場合はその限りでは有りません。
以上、こうした事例の前提となるキーワードと言うのは、何れも「居住判定」を巡る判断であり、(相続はともかく)"譲渡"実行をする時の事前準備としては、そのタイミングが非常に重要になることを押さえて置く必要があります。