「数字」と言うものは、人々の曖昧な記憶や感情と言った領域からある種の"冷徹な事実"を炙り出す為には格好のツールと言えます。香港の状況と言うのは、側(はた)から見ると中国からの圧力に屈して今まで享受していた「自由」を剥奪されてしまったとしか見るのが一般的で、そこに現れた"正義の騎士"たる英国などの助けによって市民の中には香港に見切りをつける層が相当数存在するのではないか?と考えられていました。
確かに事実としてそうした層は一定数存在するものの、少し深堀りすると(大方の層には)生活上"変化がない"と言うのが妥当でしょう。
今年の2月に発表された香港政府統計に目をやると、それはもっとハッキリした形で表れます。例えば2020年末時点のデータを軸におくと、香港の人口は前年度(2019年)末から約4万7,000人減少しました。
メディア等での報道では、この減少した理由について、2019年半ば以降に発生した香港での民主化デモ・抗議活動や2020年7月の国家安全維持法成立を受けたために香港から海外への移住が進んでいる、という論説のものが多いのは確かです。しかしながら、人口統計をもう少し詳しく見て行くと、そこには全く「異なる姿」が浮かんで来ます。
2020年度と2019年の人口動態についてそれぞれ香港政府の統計は確認してみるとそれは更に一目瞭然です。
統計上の比較項目:
① 出生数と死亡数の差による自然増減
② 域内との人の流出入(以下の3つに分かれる)
(a)中国本土からの定住目的の移住者の増減
(b)外国人ヘルパーの増減
(c)(a)と(b)を除く、その他の流出入
<尚、この中で香港人の「海外への移住」と言う項目は、駐在員の帰国同様、上記の(c)の中に含まれるとここでは定義します>
では2020年、香港は数値で"何を語る"こととなったのでしょうか?
【2020年】
(a)自然減→約7,000人
(b)外国人ヘルパー→約2万5,000人減
(c)その他の流出が約2万4,000人。
尚、中国本土からの定住目的の移住者が約1万人増加。
結果:約4万7,000人の減少
【2019年】
(a)自然増→約4,000人
(b)外国人ヘルパー→約1万3,000人増
(c)その他の流出が約2万2,000人。
尚、中国本土からの定住目的の移住者が約3万9,000人増加。
結果:3万4,000人増
これら2つの年度の状況を比較すると、2020年の人口が大きく減少した主な要因と言うのは、本土からの移住者の増加幅の縮小と外国人ヘルパーの流出であることが分かります。何れも2019年半ばから発生した大規模デモ等による社会的混乱や、2020年の新型コロナウィルスによる影響が考えられると言うのは妥当な判断でしょう。
一方で、今回のテーマとなる香港から海外への移住=つまり「その他の流出」と言うのは、2019年から2020年にかけて大きく変化している訳ではありません。ここから判断出来ることと言うのは、ここ2年、中国の締め付けが強化され続けて来ているとは言え、香港に居る市民の殆どは、それでも"例年通りに過ごしていた"、と解釈出来ると言うことです。
さらに精度を高める為に過去年の動向推移を比較しても、例えば香港が英国→中国に返還された1997年以降の累計の人口動態統計から1年あたりの平均増減値を割り出し、2019年と2020年の動態と比較して見たとしても、香港はこの間、人口が約100万8,000人程増加しており、それを上述の項目に当てはめて見ても、"その他流出"の1年毎の平均増減と言うのは、約3万4,000人(対象期間内の"その他流出"者数は約81万8,000人)となることを考えると2019年と2020年の何れの年においても、"その他の流出"数が過去の平均値を下回っていることとなるのです(※)
勿論、英国のBPO(海外在住英国民旅券)制度が本格的に実施・導入された今年の数値結果はまだ未知数である為、今は何とも言えないのは確かですが、香港市民がイデオロギーだけを頼りに香港脱出→他国移住を実行することは現実的ではなく、むしろ経済的な恩恵や保障がない今のような状態では実現出来る層と言うのは誤差範囲程度の数値に落ち着くと考えた方が良いかも知れません。
従って、現時点での結論という括りであれば、統計が弾き出した流出は現実的には"無い"と言うのが結論ではないでしょうか。