今から8年ほど前、世界を揺るがす程のインパクトを持ったある大事件が起ったことをまだ覚えていらっしゃる人はいるでしょうか?それは世間を"牛耳る"と言って良い層(=政治家、富裕層、企業など)が長い間に秘密裏に行なっていたとされる"資産隠し"や"脱税"等に関する情報の多くが、ある日突然、白日の下に晒されてしまったと言う事件のことです。
実際、この事件の火元となった場所がパナマであった為、その後その名を取って「パナマ文書」と命名されることになりました。事の始まりは匿名の情報提供者(ジョン・ドウと名乗る)がドイツの新聞社である「ズユードドイチェ・ツァイトゥング(Suddeutsche Zeitung)」に連絡があったことに端を発します。
その内容はパナマに拠点を置く法律事務所モサック・フォンセカ(Mossack Fonseca)に眠っていた個人や企業の"トップシークレット"と位置付けられる情報が、ある日何者かの手によりハッキングされ、そこから大量の個人情報や企業情報の多く(約1,150万件と言われる)が流出してれてしまったと言うものでした。リークした内容物が余りにも驚愕するものであったこともあり世界は一気に騒然とした状況へと陥ってしまったのです。
ではそんな混乱した状況から8年経った現在、世界は、いや特に香港の富裕層や企業達はどのような管理方法の変化を施したのでしょうか?今回は以下に述べること5つの点からその内容をご案内して行くことにします。
1.透明性とコンプライアンスの強化
「パナマ文書」公開後、香港を筆頭とする多くの国際金融センターでは透明性の向上とコンプライアンスの強化が急務となりました。香港政府及び金融機関は公開された情報によって国際的な批判を受けることになり、経済協力開発機構(OECD)の「共通報告基準(CRS)」制度を導入することになったのです。この制度により、各国間での金融情報の自動交換が可能となり、香港の金融機関に預けられた外国人の資産も情報共有の対象となったのです。こうしたことによって、在香港の富裕層は資産の管理や移転をより慎重に行う必要に迫られることになります。
2.オフショワ拠点からオンショアへ
「パナマ文書」は、ケイマン諸島やバージン諸島のタックスヘイブンへの資産隠匿や租税回避行為に焦点を当てていた為、その反動から香港の富裕層達はこれらの拠点を避け、地元(香港)域内や規制の厳しい地域での資産管理の道を模索する動きを取ることになります。しかしながら、香港は税制が比較的簡素で低税率である為、オフショアであるとは言え、一種の「オンショア」の代替地として改めて注目が集まる形になります。以来、富裕層は国内資産の透明性を確保することで法的なリスクを回避しつつも引き続き効率的な資産運用を可能な環境を享受出来るようになったのです。
3.ファミリーオフィスの増加
「パナマ文書」以降、富裕層は資産管理におけるより一層の「パーソナライズ化」を求めるようになり、香港ではファミリーオフィスの設立が増加することになります。このファミリーオフィスとは家族単位での資産管理や投資を行う機関であり、プライバシーや効率性を非常に重視視しています。また香港政府は2022年以降、ファミリーオフィス誘致に向けた税制優遇措置を導入しており、これを積極的に支援しています。この動きにより、富裕層は複雑な国際税務環境に対応しやすくなり、リスクを分散しながら長期的な資産運用を、個人単位で行なうことが可能となったのです。
4.デジタル資産へのシフト
さらに、近年のデジタル資産市場の成長も、「パナマ文書」以降の富裕層の資産管理に新たな選択肢を提供しています。香港では、暗号資産やブロックチェーン技術を活用した投資が現在では注目されており、従来の金融資産からデジタル資産への多様化が進んで来ました。但し、この分野でも規制は強化されており、2023年には香港証券先物委員会(SFC)が暗号資産取引所のライセンス制度を導入したりしています。何れにしてもこのような動きによってデジタル資産市場も徐々に透明性と信頼性を高めて行くと言えるでしょう。
5.今後の課題
香港の富裕層の資産管理のおいては、国際規制や技術革新への適応が引き続き重要なテーマとなるでしょう。一方で、中国本土との関係強化や地政学的な緊張の影響も無視出来ないのは事実です。特に、「香港国家安全維持法」の施行以降、一部の富裕層が香港から資産を移転する動きも見られており、これに対して、香港それは更なる金融市場の国際化と安定化を図る政策を講じる必要があります。
以上、「パナマ文書」の公開は、香港を含む世界中の富裕層に資産管理の再構築を促す形になりました。透明性の向上、オンショア志向、ファミリーオフィスの活用、そしてデジタル資産の台頭など、香港の資産管理の様相はこの8年で大きく変化しています。これらの変化は、単なる規制対応に留まらず、長期的なリスク管理や資産運用上の戦略の再考を促す契機となりました。
何れにしても、香港は今後も国際的な規制環境の変化や技術の進展に応じた柔軟な対応を行なって行く必要があります。